今回はWebディレクターとしてフリーランスで活躍する竹本誠(タケモトマコト)さんにお話を伺いました。意外な業界から転身した経緯や未経験から飛び込んだWeb業界での葛藤など盛りだくさんの内容でお届けします。
そして今回は竹本さんを支える奥様にも登場してもらっています。フリーランスになった当時の心境や今の生活など本音でお話して頂けました。それでは最後までお楽しみください。
現在はコンテンツ制作会社でフリーランスのディレクターとしてWebディレククションを行なっています。主な業務は新規サイトの進行管理や既存サイトの運用です。Web業界に入る前はメッセンジャーをしていました。自転車便です。走る時はモチベーションが必要で、気合いを入れないと冬の寒い日や雨の日を乗り越えることはできませんでした。
そんな時シリコンバレーのスタートアップ番組で、若いアメリカ人のプレゼンを観た時に「これだけ熱くなれる業界ってあるのか」と感動し、Web業界で働きたいと切に願いました。そしてデザイン系の学校に通い、勉強を始めました。
そして転機が訪れます。IT業界に勤める友人の紹介で愛媛のWeb制作会社に時給800円でアルバイトとして雇われます。入社して数日は分からないことだらけでしたが、「やれるな!」という感触はありました。
メッセンジャーの仕事に比べれば、デスクワークは「雨にも打たれず暑くもない」快適な環境でした。また、あまり活気のなかった社内において、僕の長所であるポジティブ・パワーを発揮し、会社に貢献できると確信しました。もちろん最初は雑用でしたが、すぐに案件を任せてもらいました。そして正社員となり半年後には主任(ディレクター)となります。驚くほどのスピード出世でした。
業務が多忙で、独学する余裕はありませんでした。しかし何でも相談できる人がいました。サーバーサイドのことなど、自分が理解するまで付き合ってもらいました。当時は「理解せずに分からないことを分かった」と言わないと決め、徹底的に鍛えてもらいました。
彼がいなかったら、今の自分はいないと思います。人に恵まれていたと思います。結局5年間在籍しましたね。
退職理由は色々ありますが、立場が上がるにつれて仕事量が増えたことが過度のプレッシャーになり、オフでも頭が休まらない状態が続き、これがこの先何年も繰り返されるのかと漠然と感じていました。
仕事は基本的には同じことを繰り返すので、慣れれば楽になるのでしょうが、それ以上に、もうその職場は自分を成長させられる環境ではないと思ったからです。
自分にとって一番の危機は「安定が見えてくること」そうなると終わりだなと感じていました。
そして転職ではなくフリーランスになる決意をしました。フリーランスの仕事をしている友人の影響と将来的に起業を視野に入れた時、フリーランスはステップとしていい経験になると思い、また自分が「どのくらい実力があるのか」と試してみたいと前向きに思ったからです。
やはりコネもない状態で探すのは厳しく、何社か人材エージェントにネット経由で登録。しかし、ほとんどの会社が「東京に来たら連絡してください」という消極的な対応でした。
そんな時、遠藤さん(弊社エージェント)から電話があり、何度も東京に行けないことや、僕のスキルやキャリアをお話しすると、「案件入れましょう、面談行きましょう」といきなり決めてきたのです。最初は戸惑いましたが「そこまで思い切りよく提案してくれる遠藤さんに賭けてみよう」と思いました。
結果的には提案して頂いた会社から内定をもらいました。スピード感が滅茶苦茶早く、1社目で決まりましたから、ビックリしましたね。早く働きたかったという事情もあり、スピード即決は嬉しかったです。事前に僕のスキルやキャリアで「何ができるのか?」を考えて頂いていたと思います。本当に感謝しています。
「会社を辞めて東京でフリーになる、どうしてもやりたい!」と聞いた時「何かしら自信があったのかな」と思いました。どこかに自信がないと、そう言い出せませんよね。普段から勉強している姿を見ていましたので、私は「そこまで言うなら、やってみろ!」と背中を押しました。そして決心したならば「早い方がいいだろう」と思い、私も会社を辞めて一緒に付いてきました。
フリーランスになったばかりの頃(1年前)は「仕事を任してもらうために、短期間で信頼を勝ち取るんだ」と思っていました。求められた仕事に責任を持って取り組む毎日を重ねました。
もし仮に「今の自分のスキルでは対応できるか不安だ」と思ったとしても諦めず、成長するチャンスとしてポジティブに捉え、挑戦していました。オフ(休日)も日々進化するために、しっかり時間をとって勉強しています。景気が悪くなったときに、一番に切られる安定していない立場であるからこそ、常に変化していく意識を持とうとしています。
基本的には何もできない人ですね。とはいえ、色々な人のハブのようなポジションなので円滑なコミュニケーション力は必要です。また複数の案件を抱えるので、正確なスケジュール管理を求められます。そのためには、色々な知識が必要です。特に客観的な視点を持つことが重要だと思います。
そして何よりも日本語力が大事。プロジェクトには多くの人が関わるので、特定の人だけに分かる言葉は通用しません。みんなが分かる(理解できる)日本語を使わないと、余計なコストがかかります。
もっと広い視野に立ち「自分にとって価値があるものは何か?」それを掘り下げ「より多くの人の役に立てるような人間になる」これが目標です。そして現状維持はしません。人生は山あり谷ありを受け入れ「常に進化していきたい」と思います。
奥様:夕食ができ上がった頃に帰ってきますので、コミュニケーションが増えました。二人の時間が多く取れています。以前は、お互いひとりでご飯を食べる生活でした。やはり家族は一緒に食べるのが一番です。些細な事ですが、それが実現しました。ありがとうございます。
プロフィル
■名前 :竹本 誠(タケモト マコト)
■生年月日 :1984年4月7日
■ポジション:webディレクター
■出身大学 :青山学院大学